研 究紹介

本 研究室では固体の電子相関効果を解明することを目指しています。相互作用する複数の電子は、その相互作用を均した平均場の中を運動すると言う描像では説明 のつかない複雑で興味深い性質を持っています。この平均場を越えた効果を電子相関(より一般的には多体効果)と呼びます。

電子相関を記述する理論の構築は、物性物理のみならず、原子核物理や量子化学の分野でも長い歴史を持ち、現在も尚、世界的な競争の激しい学際的な研究分野 です。

私達は、
共鳴Hartree-Fock法と呼ばれる、 強相関電子系の量子揺らぎを記述する新しい方法を開発しています。特に、銅酸化物超伝導体やBEDT-TTFのような有機物超伝導体など、2次元強相関物 質の電子状態の解明を目指しています。

現在は、各対称性に関 する最低エネルギー状態に対してのみ精度の高い計算が可能ですが、今後は、励起状態についての記述もできるよう拡張し、spetctroscopyの分野 に応用できるよう目指しています。


 この他、
グラスマン代数を使わない経路積分理論を開発 してきました。 経路積分理論は光電子分光や光吸収、X線散乱や中性子散乱などのスペクトロスコピーへ適用できます。こうしたスペクトの形状を計算することで強相関 系固有の電荷と磁気励起の強い結合を明確に示すことに成功しています。

 少しだけ詳しい解説を以下に記します。

1. 共鳴Hartree-Fock法による量子揺らぎの研究

[背景]
相互作用を 自己無撞着な一体相互作用で近似する手法を平均場近似と言いますが、電子間相互作用が大きくなると平均場近似が機能しなくなることはみんなが知っているこ とです。厳密な状態と平均場近似による状態の差を電子相関効果と言います。違いが大きな系を強相関電子系と言います。理論家は、この強相関電子系を如何に 記述するかと言うことに挑戦してきました。厳密対角化法は相互作用を文字通り厳密に計算 してしまう手法です。厳密ですから文句の言いようのない方法ですが、当然、大きな系では計算機に乗りません。現在では、高々24個の電子しか扱えません。 しかも今後計算機の能力が仮に2桁くらい上がったところで、電子数が30に増えることはありません。 これに対して、量子モンテカルロ法は数百電子系にまで適用が可能な強力な計算方法です。しかしながら、この手法には負符号問題と呼ばれる致命的な弱点があ ります。 モンテカルロ法はある確率に基づいて状態を更新していきます(インポータンスサンプリング)が、フェルミ電子系ではこの確率が負になってしまうときがあり ます。負の確率にしたがって状態を更新することはできませんので、結果としてインポータンスサンプリングができない、若しくは精度が極端に悪くなってしま います。例えば、ドープされた強相関電子系では、電子−正孔対称性の破れから、負符号問題が生 じ量子モンテカルロ法の適用外になってしまいます。密度行列繰り込み群(DMRG)法は、負符号問題もなく非常に大きな系の計算 ができる画期的な手法ですが、残念ながら一次元系にしか適用できないと言う欠点があります。

[共鳴HF法とは]
このように、強相関電子系を計算する有名な手法はいくつもありますが、実際にはどれにも弱点があり、突き抜けた存在になれないのが実情です。共鳴 Hartree-Fock(共鳴HF)法は、福留秀雄京都大学名誉教授によって開発された新しい計算手法で、単に電子相関を計算するだけでなく、量子揺ら ぎに対する物理的な描像を与えることを可能にする点で、従来の手法と一線を画しています。電子相関と量子揺らぎは、もちろん密接な関係がありますが、これ まで両者がどのように結びついているのかを明らかにできる計算手法はありませんでした。ここで共鳴HF法について少し詳しく説明しましょう。共鳴HF法で は多体波動関数を以下のように複数の非直交スレーター行列式 (S-dets),の重ね合わせで構成します。

|WF>=C1|f1>+C2|f2>+.....+CN|fN>.

ここで重ね合わせの係数 C's だけでなく全ての S-dets の分子軌道を変分計算によって最適化します。軌道の最適化は時間のかかる計算を必要としますが、重ね合わせ係数だけの最適化に比べ、より大きな相関エネル ギーの説明が可能になり、波動関数としてもより厳密なものに近づきます。. これまでに、厳密解のわかっている一次元ハバードモデルの計算を行い、共鳴HF波動関数が有名な変分モンテカルロ計算によって得られる波動関数よりも多く の相関エネルギーを説明できることがわかっています。

そして、共鳴HF法の最大の利点は、波動関数を構成しているS-detsを通して、量子揺らぎに対する直接的な情報を得られることにあります。先ほどの一 次元ハバードモデルを例に考えて見ましょう。 一次元ハバードモデルの基底状態は平均場近似ではスピン密度波(SDW)と呼ばれる状態です。そこでは、スピンの向きが格子点ごとに上、下、上、下…、若 しくは、下、上、下、上…と交互に変化します。このことからもわかりますが、対称性の破れた状態では、エネルギー的に縮退した2つ以上の等価な解が存在し ます。今の例では、上、下、上、下…、と、下、上、下、上.....は縮退しています。このように、エネルギー的に縮退した系では、、縮退した状態をつな ぐ低エネルギー励起状態が存在します。これはソリトンと呼ばれ電荷を持つがスピンを持たない(荷電ソリトン)タイプとスピンを持つが電荷を持たない(スピ ンソリトン)タイプがあり、電子とは異なるスピンや電荷を持ったキャリアとして注目されてきました。さて、一次元ハバードモデルで共鳴HF波動関数を計算 すると、SDW中にスピンソリトンが複数注入されたS-detsが現れることがわかりました。つまり、一次元ハバードモデルの量子揺らぎは、スピンソリト ンの並進運動や振動運動、ソリトン対のブリージング運動として記述できることがわかりました。

さらに、一次元拡張ハバードモデルにおけるSDW-CDW(電荷密度波)相転移においては、相境界近傍で、両者をつなぐドメイン壁が揺らぎとして現れるこ とを明確に示しました。このことは、これまで理論的に未解決なまま残っていた量子相転移における量子核生成の前駆現象が量子揺らぎとして捕らえられたこと を意味しており、基礎物理における新しい可能性を示したことになります。

このように共鳴HF法は、強相関電子系に対する有望な計算手法であると考え、現在2次元電子系の量子揺らぎについて研究中です。また、この手法を拡張して スペクトロスコピー に適用できないかと思案中です。


2. 経路積分法を用いた光学応答関数の計算(平成18年度〜20年度 科研費基盤研 究(C))

             

温度による金属ー絶縁体転移に伴う角度積分光電子スペクトル(左)と角度分解光電子スペクトル(右)の変化
          (経路積分形式量子モンテカルロ法を用いた2次元ハバードモデルに対する計算結果)

経路積分理 論では、本来2体の電子間相互作用を、 電子とボゾンとの相互作用に変換する。その結果、ハミルトニアンは電子に関して一体的になり、対角化が可能になる。ここで問題になるのは、ボゾンについて の和を計算しなくてはいけないことである。このボゾンの和こそ経路積分に対応するのですが、現在の計算機能力では経路の和をすべてとることは不可能です。 こうした積分計算において力を発揮するのがモンテカルロ法です。経路積分理論もモンテカルロ法と結びつけることで実用的な方法と成り得たのです。

経路積分理論の最大 の長所は、光電子分光や、光吸収などのスペクトル形状を計算できることです。これまで電子間相互作用は、相互作用のない状態から摂動的に繰り込まれてきま したが、電子間相互作用もある程度大きくなると摂動計算が収束しなくなります。このような系のスペクトル形状がどうなるかを計算するすべはこれまでありま せんでした。一方で、実験結果を見る限り、およそ摂動計算で済むような形状はしておらず、電子間相互作用をもっとしっかりと取り込んだ理論が必要とされて いました。経路積分理論はこうした電子間相互作用を厳密の取り込んだスペクトルの計算が可能です。これまでに、銅酸化物やハロゲン架橋Ni錯体の実験結果 が、それぞれハバードモデルや拡張ハバードモデルで非常によく説明できることを示してきました。

こうした具体的な物質のスペクトルを記述した以外に、より一般的で重要な結果があります。それは、これまで固体のバンド分散を実験的に見ていると考えられ てきた光電子分光が、電子間相互作用の強い系では、実はバンド成分ではなく、インコヒーレント成分と呼ばれる多体成分を見ていると言うことです。この多体 成分は、光のエネルギーを吸収した電子が固体外に飛び出し、固体内にできた正孔が磁気励起と強く結合したものです。私たちは具体的には次のような計算をし て上の結論を得ました。まず、磁気励起にギャップのあいたモデルを考えます。そうすると、磁気励起と結合していないバンドの成分と、磁気励起と結合した多 体成分は、明確に分かれてスペクトル中に現れます。磁気励起にギャップがあるからです。次に、磁気励起のギャップを少しずつ小さくしていきます。すると、 バンドの成分はどんどん小さくなり、磁気励起と結合した成分が成長していく様子がわかりました。より定量的な解析から、通常の強相関電子系では、光電子ス ペクトルにバンド的な成分はほぼ完全に消失していることがわかったのです。


一方で、電子間相互作用が弱いときには、光電子スペクトル中にはまだ充分なバンド成分が残っていることもわかってきました。現在この結果を確立すべく研究 を続けています。また、電子間相互作用に伴う金属−絶縁体転移の機構の解明にも挑戦しています。